広島高等裁判所 昭和40年(く)35号 決定 1966年1月08日
被告人 森田和雄
決 定 <被告人 氏名略>
右の者に対する恐喝被告事件について昭和四〇年一二月二四日広島地方裁判所福山支部がした保釈許可決定に対し、検察官から適法な抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原判決を取消す。
弁護人中場嘉久二の本件保釈請求を却下する。
理由
検察官の本件抗告の趣意は記録編綴の保釈許可の裁判に対する抗告の申立並びに同裁判の執行停止申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
本件抗告申立の趣意は、要するに被告人は暴力団高橋組の組員であり、保釈により釈放されると、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者に対し圧迫を加え、証言を左右せしめて罪証を隠滅するおそれがあり、且つ逃走することを疑うに足りる相当な理由があるにかかわらず、原審が被告人の保釈を許す決定をしたことは失当であるからこれが取消を求める、というにある。
そこで記録を検討して考察するに、被告人は尾道市内において勢力を持つ暴力団高橋組幹部であり、原審第一回公判期日である昭和四〇年一一月二五日において本件恐喝事件の被害者塩村一及び本件共犯者として起訴された岡林南海男の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書につき、弁護人が証拠とすることに同意しなかつたので原審において右両名を証人尋問する旨の決定をし、第二回公判期日である同年一二月九日岡林のみは証人尋問を終了したが、塩村は出頭しなかつたので同月二四日第三回公判期日に取調べるべく召喚したところ、再び出頭しなかつたので公判期日を続行し、次回期日を昭和四一年一月二八日に指定し、同期日に取調べる旨決定されたことが認められる。しかるに原審は昭和四〇年一二月二四日弁護人中場嘉久二の保釈請求を容れ、保釈保証金を一〇万円と定めて保釈許可決定をし、被告人は即日釈放されている。
記録に徴して原審公判審理の経過をみると、被告人は本件公訴事実を否認しており、本件被告事件の争点は、被告人及び岡林が被害者とされている塩村一に対し、起訴状公訴事実記載のように脅迫言辞を用いて同人を畏怖させたうえ、金一五万円の返還請求を断念させて財産上不法の利益を得たか否かの点にあるところ、この点に関し唯一の重要証人と目される右塩村が証人として尋問を受けるに際し、後難を恐れて自由な供述をなし得ない心境にあるため前記のとおり二回の召喚にも応じなかつたのであろうことも窺える。
右経緯に徴すると、被告人が保釈釈放されているとすれば、被告人及び前記高橋組関係者の直接、間接の威圧によつて証人塩村一を不安に陥れ、同人に自由な供述を求めることが著しく困難となるおそれがあることが容易に看取され、また記録を通じ各般の状況を総合して判断すると、必ずしも罪証を隠滅するおそれがないともいえない。
叙上の諸事情のもとにおいては、原審が裁量保釈を許したことは適当でなかつたものというべく、結局本件抗告は理由がある。
よつて、刑事訴訟法第四二六第二項に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋英明 福地寿三 田辺博介)